監査調書と監査報告書とは-違いや関係性を解説
監査関連の文書には多くの種類があります。このうち「監査調書」と「監査報告書」は名称は似ていますが、役割は異なります。監査調書は内部文書であり、監査報告書は外部文書です。
本記事では、監査調書と監査報告書の2つの監査文書について解説します。それぞれの特徴や相違点についても紹介します。
監査調書とは
監査調書とは、監査の内容や実施結果、検出事項などについて記された書類です。
監査調書は、実施目的や準拠する基準などにより異なりますが、多くの共通点があります。
- 監査法人:日本公認会計士協会
- 監査役:公益社団法人日本監査役協会
- 内部監査部門:一般社団法人日本内部監査協会
ここでは、監査法人が準拠する日本公認会計士協会の監査基準報告書に基づいて、監査調書の目的や意義、作成プロセスについて解説します。
目的と意義
監査調書の目的や意義にはどのようなことがあるのでしょうか。
目的
監査基準委員会報告書 230「監査調書」によると、監査調書の目的として、以下の点が明記されています。
- 監査計画を策定する際及び監査を実施する際の支援とすること
- 監査責任者が、監査基準委員会報告書220「監査業務における品質管理」第14項から第16項に従って、指示、監督及び査閲を実施する際の支援とすること
- 実施した作業の説明根拠にすること
- 今後の監査に影響を及ぼす重要な事項に関する記録を保持すること
- 監査に関する品質管理基準及び品質管理基準委員会報告書第1号「監査事務所における品質管理」第31項、第32項、第34項から第37項及び第47項に準拠し、監査業務に係る審査及び監査業務の定期的な検証の実施を可能にすること
- 法令等に基づき実施される外部による検査の実施を可能にすること
(引用:日本公認会計士協会 監査実務指針等 監査基準委員会報告書 230「監査調書」)
意義
監査調書は、監査人が行った監査手続やその結果、および監査人の判断などについて記載されています。そのため、監査報告書を発行するための基礎を得たことを示す記録としての役割を果たし、同時に一般に公正妥当と認められる監査の基準等に準拠して監査を行われていることが証明できます。
監査調書は監査人が責任を持って作成しているため、監査法人外部からの検査などを通じて、監査の透明性をアピールすることができます。
作成プロセス
経験豊富な監査人が以下の事項を理解できるよう、監査調書は作成されます。
①監査調書の様式、内容及び範囲の策定
監査人は、以下の事項を考慮して、監査調書の様式、内容、および範囲を決定します。
- 企業の規模や複雑性
- 実施した監査手続の種類
- 識別した重要な虚偽表示リスク
- 入手した監査証拠の重要性の程度
- 発見事項の内容及び重要性の程度
- 実施した作業結果や入手した監査証拠等の記録のみでは容易に結論が読み取れない場合における、結論や根拠を文書化する必要性
- 使用した監査の手法及び監査ツール
②監査手続を実施した結果及び入手した監査証拠
監査手続を実施した項目または対象を識別するための特性が記録されます。例えば、注文書に対して詳細テストを実施する場合、選定した注文書の日付や注文番号など、仕訳帳にある100万円を超える全ての仕訳を対象としたことなどが記録されます。また、質問を実施する場合や観察を実施する場合は、日付や対象としたプロセスまたは事象、場所と日時などを明記します。
③監査の過程で生じた重要な事項とその結論及びその際になされた職業的専門家としての重要な判断
監査人は、重要な事項であるか否かの判断に際して、事実と状況を客観的に分析します。
重要事項として以下の点があります。
- 特別な検討を必要とするリスクを生ずる事項
- 監査手続を実施した結果、財務諸表において重要な虚偽表示の可能性を示す事項、又は当初の重要な虚偽表示リスクの評価やその対応を修正する必要性を生じさせる事項
- 監査手続の実施に重大な支障を来した状況
- 監査意見に影響を与える可能性がある、又は監査報告書に強調事項を含めることとなる可能性がある発見事項
職業的専門家である監査人が重要な事項について結論を説明することは、当該判断の質を高めるために役立ちます。特に、これらの事項は、監査調書の査閲を担当する者にとって関心のある事項です。
監査調書は、通常、紙媒体、電子媒体等で記録されます。監査調書には、例えば以下のものが含まれます。
- 監査手続書
- 分析表
- 監査上検討した事項の説明
- 重要な事項の要約
- 確認状や経営者確認書
- チェックリスト
- 重要な事項に関するやりとりを示した文書(電子メールを含む。)
以上の項目に関しては、日本公認会計士協会が公開している監査基準報告書230「監査調書」に記されています。
ここでは、日本公認会計士協会や監査基準報告書について紹介します。
日本公認会計士協会とは
日本公認会計士協会は、公認会計士法によって設立が義務付けられた民間法人です。公認会計士の品位を保持し、監査証明業務の改善と進歩を図るため、会員の指導、連絡、及び監督に関する事務を行います。また、公認会計士及び特定社員の登録に関する業務も目的の一つです。
公認会計士の業務内容は、独占業務である監査に加えて、以下のような非監査業務があります。
- 税務
- コンサルティング
公認会計士は、金融機関やコンサルティング会社などの一般企業で、経理・財務業務やIR業務などの分野で活躍しています。
監査基準報告書とは?
監査基準報告書は、公認会計士が行う監査業務において遵守すべき実務指針となるものです。2023年5月現在、39の監査基準報告書が存在します。監査基準報告書は、改正事項がある場合は監査基準委員会に諮問され、常務委員会の承認を受けて改定されます。
監査基準報告書230「監査調書」について
監査基準報告書230「監査調書」は、監査実務指針等に含まれ、39ある監査基準報告書の一つです。
構成は以下のようになっています。
Ⅰ 本報告書の範囲及び目的
Ⅱ 要求事項
Ⅲ 適用指針
Ⅳ 適用
付録 他の監査基準委員会報告書における文書化に関する特定の要求事項
監査報告書とは
監査報告書とは、会計監査人が会計監査を実施した結果を報告書としてまとめた書類です。会社規模や上場・非上場に応じて、主に2つの法律によって報告書の作成が義務付けられています。
以下では、監査報告書の種類や特徴、作成プロセス、および関連する実務指針について解説します。
種類と特徴
監査報告書は、主に「会社法」「金融商品取引法」の2つの法律に基づいて作成が義務付けられています。
種類
監査報告書には次の3つの種類があります。
- 金融商品取引法による監査報告書
金融商品取引法による監査報告書は、「上場企業」が対象です。
上場すると、一般の投資家が株式の売買が可能になります。
投資家保護の観点から、金融商品取引法によって定められた監査報告書を提出する必要があります。 - 会社法による監査報告書
会社法による監査報告書は、「大会社」が対象です。
「大会社」とは、資本金が5億円以上または負債が200億円以上の会社のことを指します。
会社法には、株主や債権者の保護の観点から、計算書類等に対して監査を受ける義務が規定されています。 - その他の監査報告書
その他の監査報告書としては、一定の条件を満たす学校法人、労働組合、医療法人、社会福祉法人、独立行政法人などが対象となります。
特徴
特徴として、監査人は企業が作成した財務諸表に関して意見を述べられることができます。
この意見を「監査意見」と呼びます。監査意見には以下の4種類があります。
適正性監査 | 準拠性監査 | 内容 |
---|---|---|
無限定適正意見 | 無限定意見 | 全体としてすべての重要な点について正しい |
限定付適正意見 | 除外事項付意見:限定意見 | 一部を除きすべての重要な点について正しい |
不適正意見 | 除外事項付意見:否定的意見 | 重要な不適切事項がある |
意見不表明 | 除外事項付意見:意見不表明 | 証拠が足りず判断ができない |
金融商品取引法や会社法による監査では「適正表示の枠組み」にしたがった適正性監査が実施されます。「適正表示の枠組み」は、適用される財務報告の枠組みにおける具体的な要求事項を遵守したうえで、具体的に要求されていない注記を行う必要が生じうる場合に使用されます。このため、適正性監査では、正しい会計基準に準拠しているか、選択した会計方針を合理的な理由なく変更していないか、経営実態を適切に反映しているか、全体として適切に表示されているかなどを追加的に評価します。
労働組合や医療法人などの監査では「準拠性の枠組み」にしたがった準拠性監査が実施されます。「準拠性の枠組み」は、適用される財務報告の枠組みにおける具体的な要求事項の遵守のみが求められている場合に使用されます。監査の保証水準は適正性監査と変わりませんが、準拠性監査は適正性監査より限定された範囲で実施されます。
なお、上場企業に対する監査報告書へ「不適正意見」または「意見不表明」が記載された場合、証券取引所の上場廃止基準に基づいて、市場の秩序を維持するために上場廃止処分となる恐れがあります。
作成プロセス
会社法にもとづく監査報告書の作成プロセスは以下のスケジュールです。
1.計算書類、事業報告およびこれらの附属明細書の作成
取締役は、貸借対照表や損益計算書などの計算書類、事業報告およびこれらの附属明細書を作成します。
2.会計監査人による会計監査、監査役(監査役会)による事業報告の監査
企業の財務諸表について、正確であるかどうかを会計監査人が監査します。また、監査役は、事業報告書に記載されている内容に間違いがないかを審査します。
3.監査役(監査役会)による計算書類等の監査(会計監査後)
企業が作成した計算書類および事業報告、および附属明細書を監査します。会社法に基づき、監査役は会社の財務状況や事業内容について、適法性や正確性を審査することが求められます。
4.計算書類、事業報告および附属明細書の取締役会における承認
監査役会で承認された計算書類、事業報告および附属明細書は、取締役会においても諮られます。
5.定時株主総会における報告
取締役会で承認された計算書類、事業報告および附属明細書は、株主総会で報告されます。
計算書類等は原則として定時株主総会で承認を受けなければなりません。
しかし、取締役会および会計監査人を設置している会社については、一定の要件を満たした場合に取締役会の承認を受ければ定時株主総会での承認が不要となるため、計算書類等の報告のみで足ります。
監査報告書の構成
日本公認会計士協会は監査報告書に関連する一連の実務指針を含む監査実務指針等を公開しています。
ここでは、金融商品取引法や会社法による監査における監査報告書の記載内容について紹介します。
記載内容
監査報告書は次の事項が記載されます。
- 表題と監査報告書日と宛名
- 監査事務所の所在地
- 監査責任者の氏名と署名
- 監査意見
- 監査意見の根拠
- (該当する場合のみ) 継続企業に関する事項
- 監査上の主要な検討事項
- その他の記載内容
- 財務諸表に対する経営者、監査役、監査役会の責任
- 財務諸表監査における監査人の責任
- (該当する場合のみ) その他の報告責任
- 利害関係
なお、金融商品取引法では財務諸表監査に加えて内部統制監査の結果も報告されるため、以上に加えて「内部統制監査」というセクションが設けられ、財務報告に係る内部統制に関する監査意見などが記載されます。
参考:監査基準報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」II. 3. (1) 我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して実施した監査における監査報告書
監査調書と監査報告書の違い
監査調書と監査報告書は、企業の財務状況や業績に関する監査書類です。それぞれの役割や違い、および関係性について解説します。
監査調書と監査報告書の役割と違い
監査調書と監査報告書は、監査人が企業の財務状況や業績を監査して作成する書類です。
役割と違いについて説明します。
- 監査調書
監査調書は、監査人が実施した監査業務の証拠をまとめた文書で、監査プロジェクトの中間成果物です。通常、対象企業の財務諸表および業務プロセスなどについて監査人が調査した手順や結果、所見、意見などが記録されます。監査人が行った業務内容や証拠取得方法、そして証拠から導き出した監査結果が明確に記載されます。監査の対象となった会計情報や書類についても詳細に記載されます。監査調書は、監査法人の内部文書となるため、一般的に企業の経営陣や内部監査部門とは共有されません。 - 監査報告書
監査報告書は、監査人が実施した監査の結果に基づき、監査対象企業や組織の財務状況や業績などについて報告する書類です。監査調書に基づいて行われる全体判断の結果を示す、監査プロジェクトの最終成果物といえます。監査報告書には、監査人の意見が記載されます。具体的には、財務諸表の適正性に関する監査人の意見(無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見)や、監査上の主要な検討事項、重要な内部統制上の不備があった場合にはその報告などが含まれます。監査報告書は、監査人が監査の結果を一般の株主や投資家、債権者、規制当局などの外部向けに公開する文書です。
監査調書と監査報告書は、どちらも監査業務において作成される文書であり、企業や組織の財務状況や業績などについての監査結果をまとめるものです。しかし、以上のようにそれぞれの目的や内容には違いがあります。
監査調書と監査報告書の関係性
監査調書は監査法人の内部文書であり、監査報告書は外部文書となります。どちらも監査人が作成する監査書類ですが、役割は異なります。それぞれの関係性はどうなのでしょうか。
監査調書は、監査人が対象企業の財務諸表について監査し、主に監査法人内部に向けて作成される文書です。財務諸表の作成過程で正確な処理が行われているかを内部統制として評価したり、財務諸表の数値を伝票や証憑を突き合わせてチェックしたりした手続内容や結果などを記録します。一方、監査報告書は株主や利害関係者に対して公開される外部向けの文書です。
監査調書を元にして、監査意見を表明するための十分な証拠が集まったかを検討して、対象企業に対して監査報告書を発行します。
監査報告書では、監査人が企業の財務諸表に関して監査調書の情報に基づいて意見を述べます。
「不適正意見」や「意見不表明」などの意見が出ないよう、証拠の確保に注意が必要です。
上場企業の場合は特に重要であり、これらの意見を回避するために企業は努力しなければなりません。
まとめ
監査調書と監査報告書は、企業の監査に関連する文書です。監査調書は内部文書として作成される中間成果物で、監査報告書が監査調書に基づいて外部文書として作成される最終成果物です。
監査で指摘された事項について、対象企業は経営陣や関連部門が主導して改善に取り組む必要があるでしょう。改善を怠ると、監査報告書において対象企業にとって不利になる監査意見が表明される可能性があります。監査人の意見によっては信用を失うこともあり得ます。
監査調書と監査報告書は役割は異なりますが、関係性が高い文書であるといえるでしょう。